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まだまだいろいろと足りないなぁと痛感(´・д・`) 特に精神面の弱さは致命的だなぁ。それで集中を高められなくなって、そしたら今度は精神面に影響を及ぼした出来事を理由にして逃げてるんじゃないかって気になってくる。 たくさん身につけなきゃいけないことはあるけれど、まずは、折れない心かな。 一本ではたやすく折れる矢も、三本に束ねると折れにくい。なら心だってそうかも。 三つの心。「向上心」は大切だな。「自尊心」これが最近欠けている気がする。あとは「遊び心」かな。何をするにしても、絶対に必要なものだと思う。 他にも「好奇心」とか「探究心」とかも加えたいけど欲張るまい。「怠け心」や「依存心」が入ってこないように気をつけねば(´・д・`) ちなみに「惢」はなんて意味なのか知らない。IMEパッドでこんな字あるのかなと思って書いてみたら、あった。カーソルを合わせると読み方に「サ」とか「スイ」って出たけど、どんな熟語のときに使うのか不明。 これからやることと、やりたいことと。 小説投稿サイト「Total Creators」が復活したので、今年中に何か投稿したい。 今書いてるのが今月末までに今年中に書きあがる目処がつかなかったら、ずっと改稿したいと思ってた話に取り掛かって、そっちを投稿しよう。原稿用紙換算60枚くらいの話だから、感想はたぶん一件か二件しかもらえないだろうけど(´・д・`) 読書メーターというのがあることを知ったので、今日から読書記録をつけていこうと思った。でも読むペースはちっとも速くないから全然増えないかも。だけど、増えるときは三、四冊一気に増えるはず。飽きっぽいのと、同時進行で何冊も読むとたまにそれぞれの小説の世界観が交じり合うことがあって、ある小説には出てこないはずの別の小説の登場人物がそのある小説の舞台にもいるような感覚に陥れて楽しいというのが理由。なので、ある小説を読み終えるときは他の読みかけの小説も同時期に読み終えることが多い。 今読んでいるのは、野沢尚の「眠れぬ夜を抱いて」というサスペンスと司馬遼太郎の歴史小説「国盗り物語」、それに筒井康隆のSF「パプリカ」、あとは「アンネの日記」。さすがにこれらは今のところ交じり合っていない(´・д・`) 安ワインからブランデーを精製して何年間か寝かせてみたい。 酒税法にはひっかからないよね? いやひっかかるのかな?(汗)なんにせよ、器具もないし、ヤカンの口にホースを繋いだりして器具を自作するのも面倒だし、水を沸騰させないように温度を調節するとなると、ヤカンを湯煎する形にして外側の湯の温度をこまめに計りながらやらなきゃいけないのかな、で、ワイン一本分からブランデーを造るとなるとどのくらいの時間がかかって、どのくらいの量できるのかな、なんて考えていたら、やる気がそがれてきたので断念。 自家精製はおそらく、市販のブランデーは安いと思えるほどの手間がかかり、味は市販の足元にも及ばない。ブランデーのことだからって、別に酸っぱいブドウの話をしてるんじゃない。 だいたいブランデーよりワインが好き(´・д・`) |
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【MLB】イチロー今季70度目マルチも、縮まぬ首位打者との差という見出しをヤフーニュースで見たのだけど、「縮まぬ」ってなんか響きがおかしいような……。 「縮まぬ」「縮まらぬ」 差が縮まぬ、差が縮まらぬ。縮まぬ差、縮まらぬ差。 「縮まない」「縮まらない」 差が縮まない、差が縮まらない。縮まない差、縮まらない差。 「縮まぬ」は「縮まない」で「縮む」の未然形という認識でいいのかな? 「縮まらない」は「縮まる」の未然形? 「差が縮む」「差が縮まる」 大辞林第二版によれば、 ちぢむ 0 【縮む】 一、(動マ五[四]) 補足説明「しじむ」の転か (1)すきまが詰まったり、中身が少なくなったりして、面積や体積が小さくなる。 「ウールは水で洗うと―・む」 (2)長さが短くなる。 「バネが伸びたり―・んだりする」「ズボンの丈が―・む」 (3)のびやかでなくなる。畏縮する。 「恐ろしさに身の―・む思いをした」「おかげで命が十年も―・んだよ」 (4)収縮する。 「尾髪あくまで―・みたるに/曾我 1」 補足説明「縮める」に対する自動詞 二、(動マ下二) ⇒ちぢめる ちぢまる 0 【縮まる】 (動ラ五[四]) ちぢんだ状態になる。間隔などが短くなる。 「寿命が―・る」「差が―・った」 自動詞として使ってあるから二の意味はこの場合には当てはまらないはず。 うーん、しかし言葉の意味を調べてもよくわからない。 誰か日本語教えてください(´・д・`) 僕の感覚では、「縮まぬ差」じゃなくて、「縮まらぬ差」なんだけどなぁ。「縮む差」じゃなくて、「縮まる差」、「縮んだ差」じゃなくて、「縮まった差」。 頭が痛くなってきた。こんなこと考えてると寿命が縮む。いや縮まる? ところで寿命といえば、神龍に不老不死を願おうとする登場人物がちらほらといたような気がするけど、不老不死だけだと不治の病になったらどうするつもりなんだろうか、なんてことをふと思った。 それよりも「不老不死無病息災」と願うべきだと思う。これだと願い事が二つになってしまうんだろうか。でもそれを言ったら、「不老」と「不死」ですでに二つってことになるような気も。ポルンガなら、「無病息災」もいれて、ちょうど三つかな。 いやもしかして、「無病」でいることと「息災」であることは微妙に違う? なんにせよ、神龍を呼べたときにも対応できるように、「不老不死無病息災」という八文字熟語を流行らせておいたほうがよさそうだ。 |
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呼吸するたびに 剥き出た神経が バチバチ哭いて 苦しいのです 我ながら、なんだかものすごく痛い、というか痛々しい歌だ。 でも誰しも過敏になっているときなんていうのは、こんな感じなんじゃないかと思う。 ボクだって四六時中そんな状態でいるわけじゃないし、むしろそんな状態にあることはほとんどない。稀に感覚が研ぎ澄まされていることや、開放されていることがあって、そんなときというのは堪らないキツさがある。 別段、感受性が豊かになっていたり、鋭くなっていたりするのではないと思う。ただ情報や刺激に無防備になっているだけなのだ。おそらく普段は、自身の感受性の許容量以上の情報や刺激が流れ込まないように、バルブのようなものが無意識の中にあって流量を調節しているのだろうが、それが効かなくなって大量の情報と刺激に呑まれてしまった状態にあるのではないか。 水に溺れる苦しさと、もしかしたらどこか似ているのかもしれない。 溺れたことないからわからないけど。 というか、たぶん言い過ぎた(´・д・`) ところで、このところまた「自分の手にある武器はなんだろう?」と自問している。 先日、ふとした思い付きで昔の友人の名前を検索エンジンに入力してみた。ジャズドラムをやっていた彼は、プロとしてCDデビューも果たしたようで、作曲家を志していたまた別の彼はテレビ番組の制作に携わり、音響を担当しているようだ。(後者はもしかしたら同姓同名かもしれないけど) なんだか自分だけ(ということもないけど)いつまでも芽が出ない。けど、「じゃあ、自分はいままでどれだけのことをやってきたか」というと、誇って言えることが何ひとつない。 それで冒頭の「武器は?」という問いに当たるのだけど、やっぱり答えが見つからない。たまに呪縛のようにも感じる記憶力は武器になり得る気もするけど、努力して身につけたものじゃないし、ある日ふっと消えてしまうものかもしれないし、そもそも他人よりちょっと記憶力がいいくらいで、超絶的なものじゃないから武器としてはあまりに貧弱だ。 地道に頑張って、「自信」という武器を身につけるべきってことだよね。 もうしばらくしたら今年もヒキコモリ月間。 見えない自由が欲しくて、見えない銃を撃ちまくる、そんな日々(´・д・`) |
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最近また一青窈を聴いている。 「BESTYO」というベストアルバムだ。 一青窈の曲はやっぱり良い。一青窈の声が好きだ。一青窈の節回しは耳に心地いい。顔立ちは美人の部類に入ると思っている。 なのに映像で一青窈が歌っている姿を見るのは好きじゃない。一生懸命というよりは大袈裟で、ときおり見せるカメラ目線はなんだか自意識過剰気味に見えて、気持ち悪い。 でも一青窈の曲は好きだし、声も好きだし、節回しも好きだし、顔も好きかもしれない。けど、歌ってる姿は気持ち悪く思う。なんだろうか、自分の中に生じているこの矛盾を解消できない。 もしや……これが乙女心か!(´・д・`) 履歴書の資格の欄に「乙女心準1級」と書いても詐称にあたらないような気がするボクから、男性諸君にアドバイスがある。肝に銘じておいて欲しい。 「乙女心」という単語の前では、理屈も論理も理路整然とした受け答えも何もかもが無力なのだ。 「乙女心がわからない人ね!」という言葉に「違うよ。キミが乙女じゃないだけだ」なんて返しをしたら、とんでもないことになるから、気をつけるように(´・д・`) |
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またブログを更新しようかなぁ。 などと思ってみたり。 このところずっと文章らしい文章も書いてなくて、というより書けなくなってしまっているので、リハビリを兼ねてまたブログを始めようかと思った次第。 ここまでの数行を書くだけでも何度も消して書き直すくらい重症だ。 しかし再開するにしても何を書こうか。 このブログは小説ブログとして始めたけれど、Total Creatorsという小説投稿サイトを見つけたことでその意味のほとんどを失ってしまった。Total Creatorsはある日突然なくなってしまって、今はもう書いた小説を載せる場所はないのだけれど、じゃあまたこのブログに書いていこうかという気になるかといえば、そんなことはなかったりする。載せたところでなかなか読んでもらえるものではないし、読んでもらおうと思えば、極力短い話にしないといけない。なるべく短くという点に細心しながら書くのはどうも歪な気がする。 一瞬で読破できないというのは、小説の悪い面だな。反対に良い面でもあると思うけど。 短歌を載せていこうかとも思ったけれど、稀にしか作らないしなぁ。小説のようなものは絞りだして書くものだと思うけれど、短歌や詩なんかは滲み出たもの、あふれ出たもののことだと個人的には思っている。推敲というプロセスは経るけども、「作る」というよりは「できる」というのが正しいスタイルなのではないかと。 なのでブログのために、強迫観念に駆られて「短歌を作る」という行為に身をやつしたくはない。 すみません。下手くそのくせになんだか偉そうだ(汗) 目的はリハビリなんだから、何を書いていくなんて決めずに、たわいのないことをつらつらと綴っていけばいいのかな。とりあえず、今日はこのくらいにしておこう。 また近いうちに。気が向けば。 いや、気が変わらなければ……。 |
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