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休日、本を一冊携えて、近くのカフェに行った。 そのカフェには本を読みに行く感覚でいる。自宅では何かと気が散ってなかなか進まないものだが、そのカフェは本を読む場所だと刷り込まれているせいか、集中して読むことができた。BGMも穏やかで、静かな雰囲気も気に入っている。 オーダーしたカプチーノが手元に届き、わたしは読書に没頭することにした。二十ページくらい読み進めたところで、隣のテーブルに二人組みの女性が案内された。大学生だろうか。いかにもといった格好をしていた。二人は注文を済ませるとすぐに大きな声で話しはじめた。正確には片方が一方的にしゃべっていた。他の場所で聞けば、それほど大きな声ではなかったかもしれない。けれど、静かなこの店ではどうしても響いてしまっていた。 窓際に座っている女性客が顔をしかめるのを目にした。よくここで見かける人だ。わたしと同じように本を読んでいることが多い。この日もそうで、カップを傾けると小さな溜め息を吐いて、また読書に戻っていった。わたしには残念なことに彼女ほどの集中力はなく、聞きたくもないのに、どうしても隣のテーブルで交されている会話が耳に入ってきてしまっていた。 話題は非常にくだらない。のろけ話だ。付き合い始めたばかりのようでとにかくあれこれ話したいらしい。手を開いて指輪を見せたり、写真を見せているのか、ときおり携帯電話を開いては画面を相手に向けていた。聞く方は少しうんざりしていたようだが、語る方は夢中で、そのことに気付く様子はなかった。 幸せだからなのか、本当は幸せではないからなのか。 わたしはのろけたりしない。 経験則上、わたしが「のろけ話」をしているとき、わたしは幸せを見失っている。幸せだからのろけるのではなく、「幸せそうね」といった言葉を求めて、のろけるのだ。幸福に酔いしれているときにはそんな確認は必要ない。他人の判断基準に照らさなくても幸せだから。幸福はただ彼とふたりで噛みしめる。 隣の女性ののろけ話は終わりそうもなかった。わたしは温くなったカプチーノを一気に飲み干して、席を立った。去り際に「幸せそうね」と皮肉のひとつでも投げかけてやろうかと思ったけど、そんな皮肉が通用する相手には見えなかったので、わたしはそのままレジへ向かった。 結局、予定していた量の半分も読むことはできなかった。
あとがき 流れが悪いというか、文と文をうまく繋ぎきれていないというか、ぶつ切りな文がちらほらあるというか、ダメだね(´・д・`)そもそも日記風小説というコンセプトなはずなのに、日記風エッセイになってしまっているし。 「わたしはのろけたりしない」っていうのはそのまんまのボク。自分じゃ気づかないうちにのろけていたりするのかもしれないけど。まぁ、のろける要素もない今の生活ならそんな可能性もなくていい(´・д・`) のろけたがる人っていうのはのろけられたことがないのかなぁって思ってしまう。のろけ話ほど聞いていて退屈で苦痛なものはないのに。ねぇ? どうでもいいことだけど、この話、原題は「a story about the reason for talking about happiness...」だった。長すぎて、レイアウトが崩れてしまったため、「a story about what happiness is...」にしたけど、それでも長すぎて、シンプルなこのタイトルに落ち着いた。 2日に1回更新っていう自分に課したノルマがきつすぎるから、来月からは気が向いたときに更新することにしよう。とりあえず、明後日の更新、ガンバレ!自分(´・д・`) |
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