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久々のデートから帰宅して、めかし込んだ服を脱いでいるとき、“初めて”の彼のことを想い出したことがあった。 彼はわたしが高校二年生のときの人で、学年はひとつ上だった。顔は悪くない。むしろ良かったのだろう。わたしが彼に告白されたことを友人たちに打ち明けると、「振るなんてバチ当たりだ!」とでも言わんばかりの剣幕で、こぞってその彼と付き合うように勧めてきた。その押しに負けたこともあって、わたしは彼と付き合うことにした。本音を言えば、友人たちがうらやむ男と腕を組んで歩くのも悪くないかもしれないといった、さもしい考えもあった。 とにかくそんな経緯で付き合い始めたものだから、彼に対して愛着こそ湧いても、愛情といったものはほとんど芽生えはしなかった。 思春期真っ盛りの高校生だから、交際が続けば自然と体の関係がどうのといった問題に出くわす。彼の周りにもわたしの周りにも経験した人は数人いたが、焦っていたりはしなかった。だけど、どういうものなのだろうかという興味はあった。未知の痛みに対する怖いもの見たさのようなものだ。 キスまでなら交した恋人はそれ以前にもいたし、このときの彼とも何度かしていた。が、いざそこから先となるとやはり怖かった。彼のものを突きつけられたとき、痛みに備えて怯えるよりも、心底好きではない相手を受け入れてしまうことをためらった。とりわけ自分を大切にしてきたわけではないけれど、初めては愛する人と、という夢は当然、見ていた。それなのに現実は本当に好きではない男の前で、流れに流され、足を開いてしまっている。わたしはこのままふしだらな女になってしまうんじゃないか。そんな自分に対する不信感や失望感に悩んでいた。 だけど彼はわたしのそういった苦しみにはまるで気付かずに、土足で踏み込むようにわたしを貫いた。そういうものなのか、彼が下手だったからなのかはわからない。わたしは両目をきつく瞑り、眉間に皺を寄せて、彼が果てるのをただ待っていた。こめかみをひくつかせながら、彼の荒い吐息を耳元に聞いていた。 それから三日ほどして、わたしは彼と別れた。 服を脱がされ、丸裸になっても、行為の最中も行為の後も、結局、最後まで心は裸になれなかった。それで、この人はやっぱり違うなと気付いたのだ。 幸い、わたしはふしだらな女にはならなかった。彼との経験があったからだと思っている。心まで裸になれなければ、あの行為は哀しさを呼ぶだけだと学んだのだ。 どんなにおしゃれして着込んでも、気合いを入れてメイクをしても、本気で想う人の傍にいるとき、心は裸ですっぴんだ。そんなことを思った夜があった。 あとがき 『a story about』シリーズ(?)の二作目だ。 こういう話を書くに至った経緯は一作目のあとがきを参照のこと。 日記風というのがコンセプトであったはずなのに、アップするに当たって修正を加えていたら、かなり小説寄りになってしまったような気がする(´・д・`) お互いに心が裸ですっぴんの状態でいられるのが理想の関係ではないかと思う。でもそれって甘えや怠惰、無遠慮とは違う。難しい・・・。 今回の話は割とボクの思想が入ってるかもしれない(´・д・`) |
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コメント |
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男から見る女観と女から見る女観って違うんですよね。
ふしだら(男性経験)の中に本当の相性のいい男の人を見つけるのが当たり前になりつつある中で一種のアンチテーゼになりそうです。
No.35 2008/02/24 21:18 |
neon1914 #- [ 編集 ]
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