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一 ある日の朝のことでございます。男は極楽をぶらりと散歩しておりました。それは成仏してからの男の日課でございました。池のほうからは蓮の花のなんともいえぬよい匂いが漂っており、男は鼻から目一杯息を吸い込んでは蓮の香りを堪能しておりました。そのとき、ふと遠目に蜘蛛の姿をとらえたのでございます。蜘蛛はなにやら翠玉色の葉の上で水面に向かって尻を振っておりました。その動作があまりに滑稽で、男はもっと傍で眺めたくなり、蓮の池へと足を向けたのでございます。 「おや、先生」池のほとりから眺めていたところ、男は蜘蛛にそう呼び掛けられたのです。「あんたにゃ、いつか礼を言わにゃならんと思っとったんだ」 男には蜘蛛から感謝される覚えがございません。首を傾げていると、蜘蛛は野太く、ふふと不敵に笑い、また尻を振って、蓮の池の更に底へ底へと糸を垂らしたのでございます。 二 神田太一は地獄の底の血の池で、浮いては沈み、沈んでは浮かんでおりました。血に咽せかえり、もがいても、溺れ死ぬことはございません。なにせ、神田太一は既に死んでいるのです。未来永劫苦しみ続けることが、強盗であった神田太一に科せられた罰なのでございます。 ところがあるとき、神田太一は漆黒の中空に銀色に煌めく一筋の何かを見つけたのでございます。それはするすると神田太一の元へ垂れて参りました。細い蜘蛛の糸でありましたが、神田太一は迷わず縋りつきました。溺れる者は藁をも掴むものでございましょう。ましてや、蜘蛛の糸でございますから、そのときの神田太一の喜びようといったらありません。 神田太一は極楽へ向かって、蜘蛛の糸をたぐり始めました。細く頼りない蜘蛛の糸でございますから、しばらくすると肉体の疲労はもとより、思いの外に神経をすり減らし、神田太一はもうひとたぐりも上へのぼれなくなってしまいました。そこで仕方なく、神田太一は心許ない蜘蛛の糸の中途で小休止を取ることにいたしました。ふと眼下を見やると、血の池は遙か下、罪人たちに至っては蟻粒ほどの大きさでございます。その蟻粒ほどの罪人たちが何やら群がっておりました。神田太一がじっと目を凝らしてみますれば、なんと罪人たちは神田太一の後を追って、蜘蛛の糸をよじ昇ってきているではありませんか。 「こら、罪人ども。この蜘蛛の糸は俺のものだぞ」 神田太一は生前、強盗仲間よりインテリと呼ばれ、それを誉れとしていた、学のある男でございますから、そのように喚いたりは致しません。今にも切れそうにきゅうきゅうと緊張した蜘蛛の糸を神田太一は再びたぐり始めたのでございます。火事場の馬鹿力と申しましょうか、それまでの疲れはどこかへ吹き飛んでいて、ただ黙々と一心不乱に手足体を持ち上げ、上へ上へと極楽を目指したのでございます。その甲斐もあって、頭上には白い蓮の根がいくつも見えるようになりました。蓮の葉の隙間からは煌びやかな光が漏れておりました。極楽はもうすぐそこでございます。 三 しばらくして、蜘蛛は尻から垂らした糸を後ろ脚で器用に巻き上げ始めたのでございます。糸にはたんまりと鈴生りに人間がぶらさがっておりました。その人間というのは地獄の罪人たちでございましょう。男はようやく蜘蛛にありがたがられる理由を知ったのです。 地獄の罪人たちは燦々とした極楽の日差しを浴び、嬉々として目を細め、背丈の倍はあろうかという大蜘蛛の脚に縋り付いては「ありがとう。ありがとう」としきりに頭を下げておりました。中には感涙にむせいでおる者までございます。 男は居たたまれなくなって、池を後にすることに致しました。とぼとぼと蓮の池から遠ざかりながら、過去にお釈迦様の垂らした蜘蛛の糸によって救われた罪人はいたのだろうかと考えておりました。いえ、以前に一度でもお釈迦様が蓮の池より蜘蛛の糸をお垂らしになられたことはあったのだろうかと考えておりました。男は蓮の池でお釈迦様にお目にかかったことは一度もございません。いったい、どれほどの罪人が中空より垂れ下がる蜘蛛の糸に希望を見いだしたことでございましょう。それは生前に自分が残したもののせいなのだろうか、それは自分の罪なのだろうか、男はそのようなことを考え、極楽には似つかわしくない溜息を漏らしたのでございます。 先ほどから蓮の花の香りに混じって、なにやら芋粥のよい匂いが漂って参ります。そしてまた男はひとつ、悲痛な溜息を吐いたのでございます。 極楽ももう昼食時になったのでございましょう。
あとがき 芥川龍之介の『蜘蛛の糸』と比べて読んでいただけるとありがたい。原作の構成、展開、文体を真似しながら、別の物語に仕上げてみた。面白いかどうかは別にして、よくできた話ではあるんじゃないかと我ながら思う。 修正なしでアップできる話がこれしかなかった。ヤバいね、貯金が底をついた(´・д・`) |
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