詠みびとしらず
小説のようなものや短歌のようなもの、書道のようなものなどが書き散らしてあるブログです。

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2008年08月28日
  
2008年02月10日
 医者は幼児期の体験のせいだろうと言った。
 私は母親に虐待されて育った。虐待された子は親になると、今度は加虐する側に回る傾向にあると聞いたことがあった。後に、そういった虐待の連鎖は必至のことではなく、被虐待者のおよそ三割によって引き起こされる事象であると知った。
 三割という数字が多いとは思わなかったが、少ないとも思わなかった。例えば、五割であっても七割であっても、同様であっただろうし、一割と言われても、その認識は変わらなかっただろう。確率的な意味合いで三割なのだとしても、統計的な意味合いで三割なのだとしても、私にはいずれ我が子を虐待してしまうだろうという諦観めいたものがあった。
 心と体がちぐはぐなのだ。
 泣くと怒られるから辛くても笑顔でいた。均衡を取るように、楽しいときには、無意識の内に顔をしかめるようになっていた。たまに母は優しかった。優しくされると楽しくて幸せで心は浮かれた。が、笑おうとしても笑えず、意志に反して私の眉間にはしわが寄った。それを見た母は「せっかく遊んでやってるのに」と鬼のような形相で私を怒鳴りつけた。怒鳴られてやっと、私は笑えるようになるが、今度は私の笑みが癪に触ると、母は私を平手で打った。私が亀のようにうずくまっても、母は気が済むまで私の背中を叩き続け、私は笑顔のまま顔を伏せ、心は大声をあげて泣いていた。
 ちぐはぐに繋がれた感情の回路はそのまま定着してしまい、母親と離れて暮らすようになった今でも、私には天の邪鬼のような反応が出てしまう。頬を緩めて、悲しい映画を見る。目尻をつりあげてお笑い番組を見る。舌鼓は舌打ちのようになる。そんな自分に我が子をうまく愛せるとは到底思えなかった。

「本当に僕のこと、好き?」
 私と付き合う男は、何度目かのデートで必ずこう訊く。私には心臓を鷲掴みされたような苦しさがあるのに、私の顔からは笑みがこぼれてしまう。なのに、目の前で不安におののく彼に「ええ、好きよ」と返すときには笑みは消えて、眉根に力が入ってしまう。
「ならいいんだけど……。その、僕といるときの君はいつも楽しそうじゃないから」
 言いにくそうに、彼はうつむいた。
「テナンって知ってる?」
「え?」
「ギリシア神話に出てくる女性」
 彼は首を横に振った。
 テナンは、愛するときと憎むときの表情が同じだった。ピセアダイという若者が彼女に想いを寄せるが、彼女の表情に失望したピセアダイはテナンを殺してしまう。そこに神が現れ、テナンの胸を開いてみせた。それでようやく、ピセアダイは彼女の胸の中が彼への愛で詰まっていることを知ったのだ。テナンとはそんな物語の登場人物だ。
 彼は「それで?」とも「それが?」とも訊かず、湯気をくゆらせるカップに視線を落とし、私が語る悲しい神話を聞いていた。それから私は、自分がテナンのように愛するときに愛する表情ができないこと、それどころか楽しいとき、悲しいとき、嬉しいとき、ありとあらゆるときに正しい表情ができないこと、それらが母親の虐待によるものかもしれないことを伝えた。
 彼は何も言わなかった。
「面倒な女でしょ? 別れてあげようか? 私はあなたを笑って見送れるから」
 私は笑みを浮かべた。
 彼はおもむろに顔をあげ、私の目をまっすぐに見つめた。
「それでも君と一緒にいたい」
 私は眉間に力がこもるのを感じたが、彼はひるまなかった。
「君が好きなんだ」
「私もあなたが好き」
 私は彼を睨み付けていたことに気づき、慌てて言い換えた。
「あなたなんか嫌い」
 彼は一瞬、両目を大きくして驚いたが、私の意図をくみ取って、彼だけ笑った。
「無理に笑わなくていいよ」
「あなたが好き」
 左の目尻に滴を感じた。
 私の中の、何かが変わった。



あとがき

「異口同音」というお題に対して、書いた話だ。本来の意味とは少し違うけれど、それは容赦願いたい。
 基本的に会話文が苦手だ。それが如実にあらわれているのがこの話だったりするかもしれない。
 一昔前のトレンディドラマか!っつーのヽ(`Д´)ノ


 気づけば一日置きに更新していたから、このままのペースを保って、カレンダーをチェッカーフラッグのようにしてみようかと。最初は小説ではなく、日記のようなものを書こうかと思っていたのだけど、特にネタになるようなこともなく、結局、小説をアップすることに。
 ストックがどんどん減っていくことに不安がないわけじゃないけど、うちは小説ブログ。たぶん、これでいいんだ(´・д・`)
コメントが4件ついています。   


コメント
ラスト、鼻の奥がツンとしました。切ない。だけどいいお話ですね。

「蜘蛛の糸」のほうでも感じたのですが、うたうさんの小説はちゃんと‘小説’に成っているからすごいなと思います。本格的な大人の小説といった感じ。

短くまとまっていて、地の文と描写とセリフのバランスがいいというか――つまり構成力があるということなのでしょうか。

いろいろ学ばさせてもらいます。m(__)m感謝。
No.18 2008/02/13 14:49 | #sj93pB3o [ 編集 ]
うわぁ、葵さん、ようこそ!
お越しになられただけじゃなく、小説を読んでもらった上に感想までいただけるなんて、うれしいやら恥ずかしいやら、とにかく感激です♪
しかも葵さんのような上手な方にお世辞でも褒めていただけるとは。励みになりました^^

こちらこそ、葵さんの小説からたくさんのことを学ばせていただいてます。ありがとうございます。
また小説を読みにいきますね^^
No.19 2008/02/13 22:35 | うたう #ZzwRa1vs [ 編集 ]
親無しでは生きていく力を持たない子供が見付けた
虐待する親の元で生きていく方法が
感情と反対の表情を作る事だったなんて衝撃。

お題を決めてから創作するっていう方法もあるんですね。
No.57 2008/03/02 01:04 | †片翅† #- [ 編集 ]
虐待された子って感情表現がうまくできなくなってしまうものなんじゃないかなぁって思って、ああいう登場人物を作ってみました。

お題をもらってから書く方法、ものすごく修行になりそうですけど、ボクはもうやりたくないです^^;結構きつかった・・・。
No.60 2008/03/03 16:21 | うたう #ZzwRa1vs [ 編集 ]

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