詠みびとしらず
小説のようなものや短歌のようなもの、書道のようなものなどが書き散らしてあるブログです。

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2008年08月28日
  
2008年04月22日
 脳というのは嘘吐きな器官で、見間違いや聞き間違いというレベルでの幻覚や錯覚は日常茶飯のことであるのだけれど、はたしてこれは脳味噌の吐いた嘘なのだろうかと、このところずっと悩んでいることがある。

 トヨタの製品にヴィッツという自動車がある。ヴィッツの名は普段テレビを見る人であれば、テレビCMなどで何度も耳にしたことがあると思う。ボクの悩みというのはまさにそのテレビCMが関係している。

 ついこの間まであのCMに出演しているのはオセロの中島知子だと思っていた。いや確かに中島知子だったのだ。「ちょっと気分転換」と車に乗り込み、助手席のリラックマに「ひとりじゃ危ない? こんなに安心な場所もないでしょ」と語りかける、そのときの声の感じも中島知子に違いなかった。それがいつの間にか、気づけば、中島知子から後藤久美子に代わっていた。トヨタのサイトで確認してみても、出演者は後藤久美子だと書いてある。ボクが見間違い、聞き間違えただけなのか? 一度や二度ではなく、何度も? そんなバカな。にわかには信じがたい。トヨタが仕組んだドッキリなのか、それともボクの脳が正常に働いていないからなのか、よくわからない。
 最近、テレビで中島知子を目にするのが、少し怖い。
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2008年04月01日
 あるクレタ人が「クレタ人は皆、嘘つきである」と言った。

 クレタ人である彼の言葉は本当なのか嘘なのか。
 彼が嘘つきではないとすると、「クレタ人は皆、嘘つきである」と言い切る彼は何人なのかということになってしまう。では彼が嘘つきであったとしたら、「クレタ人は皆、嘘つきである」というのも嘘で、とすると本当は「クレタ人は皆、嘘つきではない」ということになって、彼の言うことは正しくて、やっぱり「クレタ人は皆、嘘つきである」ということになって……という迷宮に入り込んでしまう。
 しかし一見、矛盾してそうなこの一文、実は何の矛盾も孕んではいない。彼が嘘つきであれば、彼の言葉に"not"を挟めば真実になる。問題は「クレタ人は皆、嘘つきである」という言葉のどこに"not"を入れるかということだ。後半の「嘘つきである」という部分に入れてしまうと、「クレタ人は皆、嘘つきではない」ことになってしまい、彼は嘘をつけなくなってしまう。が、前半の「クレタ人は皆」という部分に入れると「皆ではないクレタ人は、嘘つきである」となる。つまり「一部のクレタ人は、嘘つきである」というのが真実で、彼の嘘はきちんと嘘になっている。

 さてこの勢いに乗って、「鶏が先か、卵が先か」という矛盾にも解法を見つけたい。
 鶏は卵から孵るのだから卵が先に存在しなければならない。しかし卵は鶏によって産み落とされるものであるからまず鶏が先に存在していなければならない。その鶏は卵から……というのがご存知のように「鶏が先か、卵が先か」という論争だ。
 ただこの論争は肝心なことを忘れてしまっているような気がする。どうして鶏か卵のどちらかが先に存在したと決め付けてしまっているのか。最初の鶏か卵が存在したのは遠い昔なのだ。哺乳類でありながら卵から孵るカモノハシのように、過去には鶏でありながら卵でもあった、そんな生物が存在していたって不思議ではないというのに。
 ボクは知っている。過去には確かにそんな生物が存在していたのだ。
カリメロ
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